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Article

29 Aoû 2022

Auteur:
Human Rights Now

ヒューマンライツ・ナウによる意見

[ 「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」 についてのパブリックコメント ] 2022年8月29日

[...]

総論  

国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「指導原則」という)における企業の人権尊重責任の 促進を目指す令和4年8月付「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」 (以下、「本件ガイドライン案」という)の制定自体は歓迎するものの、指導原則をはじめとする国際的な基 準に照らして、その内容については以下詳述するとおり修正すべき点があるため速やかに対応された い。  加えて、ガイドラインは企業の人権尊重責任に関し、その実施について自主的アプローチを促進するも のであるが、指導原則が目指す人権の実現に向けた自主的アプローチに限界があることは、イギリス、フ ランス、オーストラリア、ドイツといった法制化を実現した各国、およびEUにおいて義務的な法制度が検討されている状況・経緯を踏まえれば、既に客観的に明らかである。  したがって、ガイドラインの制定に甘んじることなく、人権デュー・ディリジェンス(以下、「人権DD」という) およびその実施状況の開示を企業に義務付ける法制化、並びに輸入規制・輸出規制等の既存法制に おける人権保護の観点からの法改正を、ガイドライン制定後、遅滞なく推進するべきである。また、公共調達などの要件においても、指導原則を踏まえた要件を含めることを検討することが求められる。加えて、ODA事業等の要件及び手続きに関して「ビジネスと人権」の観点からの見直しも行うべきである[...]。

各論

第1 企業が負う人権尊重責任の対象が狭きに失すること(1.3「本ガイドラインの対象企業及び人権尊重 の取組の対象範囲」および2.1.2.2 「負の影響」の範囲について)

1 本件ガイドライン案の記載  

本件ガイドライン案は、「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」という名称 になっている。  

また、本件ガイドライン案は、企業が人権尊重責任を負う対象を「自社・グループ会社、サプライヤー等 (国内外のサプライチェーン上の企業及びその他のビジネス上の関係先をいう。)」 と定義する(5頁「1.3 」)。  

そして、「サプライチェーン」を「自社の製品・サービスの原材料や資源、設備やソフトウェアの調達・確 保等に関係する『上流』と自社の製品・サービスの販売・消費等に関係する『下流』」と定義する(同)。また、「その他のビジネス上の関係先」を「サプライチェーン上の企業以外の企業であって、自社の事業・製 品・サービスと関連する他企業」と定義する(同)。

2 国際的な基準に照らした修正

(1)直接の取引先以外(2次調達先等)も含まれることを明確化すべき  

この点、指導原則では、企業が人権尊重責任を負う対象のサプライチェーンを直接の取引先(Tier 1) に限定しておらず、バリューチェーン全体としている。上記「サプライヤー等」の定義では、「国内外のサ プライチェーン上」との表記にとどまり、本件ガイドライン案作成側の意図としてはもとより2次以降の調達 先も含むという趣旨かもしれないが、この点が明確ではなく、誤解を生じさせかねない定義となってしまっ ているため、2次以降の調達先等も含まれる広い概念であることを明示すべきである。特に本件ガイドライ ン案の「2.1.2.2「負の影響」の範囲」の項目における「負の影響の類型」として示されている具体例は、自 社、直接の取引先、投資先企業、貸付先企業しか挙げられていないこととも相まって、上記定義は、企業 の人権尊重責任の対象について指導原則よりも狭いものとして誤解を与えかねないものとなっている。ま た、実際の企業の取り組みとしても、サプライヤーの把握が1次調達先に留まっている例も散見されるた め、それでは国際基準に則った人権への取り組みになっていないことへの警鐘を鳴らす意味でも、明示 すべきである。

(2)提供サイドについても具体例を挙げて対象に含まれることを強調すべき  

本件ガイドライン案全体を通じて、例示されるのが狭義の「サプライチェーン」(調達サイド)に偏ってい るという問題も指摘できる。物品・サービスの販売・提供に伴う人権への負の影響に関する記載が欠如し ている。特にインターネット(プライバシー、差別、女性に対するオンライン暴力等に関わる)、監視技術 (プライバシー、人権活動家への抑圧等に関わる)、AI技術(AI兵器等様々な人権に関わる)、広告(広 告表現による差別に関わる)など物品・サービスの販売・提供に伴う人権リスクについても具体例を記載 し、企業が人権尊重責任を負うべき対象には、調達サイドだけでなく提供サイド(下流)が含まれることを 強調する必要がある。また、下流に関する実際の人権DDの対応方法に関しても具体例を掲載すべきで ある。

(3)ガイドラインタイトルの変更について  上記のような指導原則の示す範囲に鑑みると、本件ガイドライン案のタイトル「責任あるサプライチェー ンにおける人権尊重のためのガイドライン」は企業の人権尊重の範囲を不当に狭く制限する含意を有し ているように捉えられてしまう懸念も存在する。「企業の人権尊重のためのガイドライン」というタイトルとす ることを推奨する。

第2 「人権」範囲が十分に示されていないこと

1 本件ガイドライン案の記載  

本件ガイドライン案では、ここで言う「人権」について、「少なくとも『国際人権章典』で表明されたもの、 及び、『労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言』に挙げられた基本的権利に関する原則」 を含むとして、以下、例示的に個別の権利を挙げる(6頁「2.1.2.1」)。

2 国際的な基準に照らした修正  

人権DDの実施に際しては、個別のステークホルダーの人権リスクを具体的に把握することが、まず重 要である。今後、日本企業が本件ガイドライン案を人権DDの際に参照するであろうことを考えると、以下の改訂が必要不可欠である。

(1)国際人権条約を明示するべきこと  

国際人権章典のみならず、国際人権条約について本文で列挙する、あるいは、添付資料などにして一 覧性を持って企業が参照できるようにすべきである。指導原則12の解説では、「例えば、企業は、特別な 配慮を必要とする特定の集団や民族に属する個人の人権に負の影響を与える可能性がある場合、彼ら の人権を尊重すべきである。この関係で、国際連合文書は先住民族、女性、民族的または種族的、宗教 的、言語的少数者、子ども、障がい者、及び移住労働者とその家族の権利を一層明確にしている」と述べる。これは、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、障害者の権利条約、先住 民の権利に関する国連宣言などを指す。企業が実態に即して人権リスクを判断するためには、このような 国際人権基準に対する理解が欠かせない。然るにこうした国際人権条約が日本企業における当然の認 識とはなっていない(むしろ一つも知らない日本企業の方が多いであろう)現状を踏まえ、啓蒙的な観点 からもしっかりと明示するべきである。したがって、政府による本件ガイドライン案は、国家の義務としてもこのような国際人権に対する正確な理解を企業に向けて促進する内容となるべきである(指導原則2及 び3、人権尊重についての企業の責任-解釈の手引き-問4・ボックス1)。

(2)今後より重要となる「環境への権利」を本文で明示すべき  

本件ガイドライン案は、2022年7月の国連総会における「クリーンで健康的で持続可能な環境に対す る人権」に関する決議について、国際的に認められた人権が、国際的な議論の発展等によって変わり得 るとして触れる(6頁脚注17)。まず、本件決議が、環境に関する人権について国際社会において極めて 重要であることからすれば、本件決議に関しては脚注ではなく、本文において、環境によって影響を生じ る人権リスクについても企業が人権DDを通じて取り組むことができるように促すことが、本件決議を承認 した日本政府の義務である。  特に、気候変動を人権課題として明確に位置付けるべきである。2021年8月に発表された国連気候変 動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によれば、気候変動は拡大し、加速し、深刻化している。この ような気候変動によって、生命権、健康に対する権利、住居に対する権利、水と衛生に対する権利、食 糧に対する権利、教育の権利といった基本的人権が侵害されている。そして、企業に対しても、2021年 5月26日に、オランダのハーグ地方裁判所が、英国・オランダ系石油大手ロイヤル・ダッチ・シェル社に 対し、企業の注意義務について指導原則にしたがってこれを解釈し、2030年までに2019年に比べて グローバルでのCO2排出量の45%削減を命じる判決を出した。以上により、本件ガイドライン案における 人権に関する記述には、国際基準に沿って、気候変動と人権に関する観点も含めるべきである。

(3)人権活動家、土地・環境保護活動家の保護が喫緊の課題であることも強調すべき  

また、ビジネスと人権の文脈では、人権活動家に対する様々な攻撃(物理的攻撃、監視、法的ハラスメ ント、オンラインハラスメント等)が報告されている。人権活動家には、労働者、先住民、土地、環境に関 する特別報告者、女性の権利の活動家等は含まれるが、これらの人々が声を上げにくい状況では、ビジ ネスに関連する人権状況の把握の是正も困難である。グローバル・ウィットネスによれば、2020年に殺害 された土地・環境保護活動家の数は227人と過去最多であり、その3分の1を先住民族が占めるなど、そ の人権保護は喫緊の課題である。したがって、ガイドラインには、これら各種人権活動家のリスクと企業の 責任を本文中に明記すべきである。 第2 先住民族に関する記載が不十分であること(2.1.2.3 「ステークホルダー」及び 4.1.2.2「脆弱な立場 にあるステークホルダー」について) 1 本件ガイドライン案の記載  本件ガイドライン案では、総論(「2」)におけるステークホルダーの例として、「取引先、自社・グループ会 社及び取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体等のNGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民、投資家・株主、国や地方自治体等」のみを挙げる(8頁「2.1.2.3」)。

2 国際的な基準に照らした修正  

しかし、企業の人権尊重責任という文脈において現実に問題となるのは、当該企業のサプライチェーン の末端である途上国における人権問題が少なくないところ、事業活動によって最も影響を受けやすい海 外の事業地における現地住民、土地の権利者、従事者(正規従業員のみならずインフォーマルな従事 者も含む)も対象であることを明記すべきである。

特に土地開発に関連した先住民族に関係する人権問題が多発している。本件ガイドライン案では、各論(「4.1.2.2」)においては先住民族にも言及しているものであるが、脚注49において説明されているとお り、国際人権基準として、先住民族の転住にあたっては、関係する先住民族の自由で事前の情報に基 づく合意(FPIC: Free Prior Informed Consent)が求められることから、総論におけるステークホルダー の具体例としても先住民を明記してその重要性を強調するべきである。また、国際人権基準としてFPIC が求められることを脚注ではなく、本文に明記すべきである。  

また、各論(「4.1.2.2」)において挙げられている先住民の事例についても、国際基準の観点からは、実 地調査だけでなく、先住民との対話とFPICが求められることから、その点を明記すべきである。

第3 人権尊重の取り組みにあたっての考え方の記載が誤っている乃至不足している(「2.2.4 優先順位 を踏まえ順次対応していく姿勢が重要である」について)

1 本件ガイドライン案の記載  

本件ガイドライン案は、「多くの企業にとって、人的・経済的リソースの制約等を踏まえると、全ての取組 を直ちに行うことは困難である。そこで、企業は、人権尊重の取組の最終目標を認識しながら、まず、より 深刻度の高い人権への負の影響から優先して取り組むべきである。深刻度の高い負の影響が複数存在 する場合には、まず、自社及び直接契約関係にある取引先26において、自社が引き起こし又は助長して いる負の影響に優先的に対応することも考えられるが、その場合には、間接的な取引先や自社の事業等 と直接関連するにすぎない負の影響へと対応を広げていく必要がある」と述べる(10頁「2.2.4」)。

2 国際的な基準に照らした修正   

しかし、指導原則によれば、原則的には特定した人権リスクについては全て対応することが必要であ る。したがって、「人的・経済的リソースの制約等を踏まえると、全ての取組を直ちに行うことは困難であ る」との記載については「困難である場合がある」として、あくまで例外的な場面の話として展開するのが 筋であり、事業活動に起因する人権リスクが多岐にわたる場合に一つのリスクに絞って他を切り捨てるこ とを推奨するような記載は抜本的に改めるべきである。  

また、「間接的な取引先や自社の事業等と直接関連するにすぎない負の影響」との記載についても、各 論(「4.1.3.1」)に記載されている通り、優先順位付けの方法としては、主に「深刻度」及び「蓋然性」に基 づき、特に「深刻度」に重点を置いて行われるべきであって、自社との関連性の強さは基準とはならない ものであるから、誤解を生じさせる記載内容となってしまっている。自社と直接取引間接的な取引先や 「直接関連する」に修正すべきである。  

加えて、総論(「2」)の上記記述では「深刻度」しか言及されていないが、各論(「4.1.3.1」)に記載されて いる通り、深刻度とともに、「蓋然性」が優先順位付けの補助的基準であることを明記すべきである。

第4 人権方針の実施に関する留意点の記述が不十分である(「3.2 策定後の留意点」)

1 本件ガイドライン案の記載  

本件ガイドライン案では、人権方針策定後の留意点として、「人権方針は策定・公表することで終わりで はない。企業全体に人権方針を定着させ、その活動の中で人権方針を具体的に実践していくことが求め られる。このためには、人権方針を社内に周知し、行動指針や調達指針等に人権方針の内容を反映す ることなどが重要である。また、人権DD の結果等を踏まえ必要に応じて人権方針を改定することも有用 である。」とのみ述べる(12頁「3.2」)。

2 国際的な基準に照らした修正  

しかし、人権方針を実施するための実効的な指針とするためには、当該記述では企業が人権尊重責 任を果たすにあたっての人権方針の実施に関する留意点としては不十分といわざるを得ず、最低限、以 下のような記述を追記するべきである。  

「人権方針の実践として、人権方針の取引先への周知、サプライチェーン全体を通して人権方針が実 現するよう、契約や行動規範などに落とし込み、取引先に実施を約束してもらう必要がある。サプライ チェーンを通して適切に実施されるように、取引先に対する情報提供や能力強化を前提に、事業レベル の苦情処理メカニズム(Operational Grievance Mechanism)を設置する必要がある。また、その際に第 三者機関の監査を活用することも考えられるが、これらが人権リスクを適切に把握できるか、疑義も示され ていることからその活用には留意すべきである。プロセスの全体を通して、最も影響を受けるライツホル ダーとの意味ある協議およびフィードバックを受けたリスク把握、対応を進めるべきである。」  

また、EUのコーポレートサステナビリティデューディリジェンス(CSDD)指令案に対する批判のように、 契約条項の反映が単なる取引先への責任の押し付けにならないように留意すべきであるという点も明記 すべきである。

第5 人権への負の影響に関する判断方法や情報収集方法に関する記載が不十分である(4.1「負の影 響の特定・評価」及び4.1.2.3「関連情報の収集」について)

1 本件ガイドライン案の記載

本件ガイドライン案は、4.1「負の影響の特定・評価」においては、人権への負の影響の「特定・評価に 当たっては、従業員、労働組合・労働者代表、市民団体、人権擁護者、周辺住民等のステークホルダー との対話が有益である」とのみ述べる。

2 国際的な基準に照らした修正  

しかし例えば、人権尊重についての企業の責任-解釈の手引き-の問19・24及び付録II等に示されてい るように、信頼できる外部文書等を参照する手法が紹介されているように人権への負の影響の有無を判 断するためには、ステークホルダーとの対話以外にも複数の手段が存在する。国際基準に従ったレベル での負の影響にかかる検討を進めるために、本ガイドラインにも、具体的にどのような情報に基づき、どう 判断するかについての記載が必要である。たとえば、ステークホルダーとの対話以外に、国連人権機関 の報告書、メディア報道、国際NGOのレポートも参照すべきであり、基礎的な英語情報収集の重要性が 強調される必要がある。  

被害者などのステークホルダーとビジネスパートナーの主張が対立している場合、仮に人権への負の 影響を主張する者の証拠が十分でない場合であっても、ライツホルダーとの継続的な関係構築と継続的 な調査、フォローアップが必要である。  

指導原則23に基づき、国内法と国際人権基準が異なる場合は、国際人権基準に基づき、人権への負 の影響の有無を決定すべきである(例えば国際基準よりもストライキや結社の自由を制限している国にお ける結社の自由の侵害を判断する場合等)。

第6 国際犯罪への該当性についても言及するべきである(4.1.3.2「深刻度の判断基準」について)

1 本件ガイドライン案の記載  

本件ガイドライン案では、「深刻度は、人権への負の影響の程度を基準として判断され」ると記述されて いる(17頁「4.1.3.2」)。

2 国際的な基準に照らした修正  

しかし、人権への負の影響については、戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイド、侵略、強制労働、 超法規的殺害、拷問、性的暴行・性的虐待、その他マイノリティへの系統的迫害など国際犯罪に該当す る場合もあり、その場合は「程度」の問題ではなく、性質上深刻な人権侵害に該当することを前提に対応 しなければならないことを明記すべきである。

第7 「取引停止」の位置付けが国際基準に照らして不十分である(4.2.1.3「取引停止」について)

1 本件ガイドライン案の記載  

本件ガイドライン案は、取引停止について、「人権への負の影響が生じている又は生じ得る場合、直ち にビジネス上の関係を停止するのではなく、まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防止・軽減するよう努めるべきである。したがって、取引停止は、最後の手段として検討され、適切と考えられる場合に限って実施されるべきである。」と述べる。

2 国際的な基準に照らした修正

しかし、CSDD案においても、人権侵害の影響が深刻である場合の取引停止が条文上に記載されてお り、こうした国際基準の発展に整合した記述に調整すべきである。  

まず、事業活動が、戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイド、強制労働など、深刻な人権侵害に助 長、加担している恐れがあり、その可能性を知りながら漫然と取引関係を継続する場合は、刑事責任を 追及される危険性があることを記述する必要がある。特に、ビジネスパートナーが国家や国営企業、軍関 係者である場合は、取引を終了することによる負の影響より、取引を継続することの負の影響が深刻であ ることから、影響力を除去するために撤退を検討すべきである。  

加えて、指摘される人権侵害について、公正で独立性のある調査ができず、重大な人権侵害に加担し ているリスクを払しょくできない場合は、加担や助長を継続しないため、撤退を検討すべきであることも言 及するべきである。

第8 「責任ある撤退」に関して撤退すべき場合の記載が不十分である(4.2.2「紛争等の影響を受ける地 域からの『責任ある撤退』」について)

1 本件ガイドライン案の記載  

本件ガイドライン案では「4.2.2」において紛争地等での「責任ある撤退」が強調されているところ、「企業 は、こうした地域において事業活動の停止や終了を判断する場合、強化された人権DD を実施し、通常の場合以上に、慎重な責任ある判断が必要である。もちろん、企業が、その従業員等の安全を確保する ため、一時的に操業停止し従業員を避難させたり、場合によっては早期に撤退したりすることが必要な ケースも考えられるが、可能な限り、撤退によって影響を受けるステークホルダーに生じる可能性のある 人権リスクについて考慮し、撤退の是非等について判断する必要がある。」と述べる(22頁)。

2 国際的な基準に照らした修正  

確かに企業の撤退により影響を受けることとなる市民生活への影響は考慮されるべきであるが、一方で 紛争等において現地政府当局による武力攻撃より大勢の市民の生命・身体が侵害されており、かつ、企 業の事業活動が現地政府の人権侵害に与える影響を払しょくできない場合は、その「深刻度」及び「蓋 然性」を踏まえて、特に「深刻度」に重点を置いて即時撤退を断交することが原則である。  

本件ガイドライン案の上記記載内容は、紛争が急激に悪化した場合、例外的に撤退すべきでない状況 を殊更に強調するものであり、誤解を生じさせるものであるから修正する必要がある。また、具体例として 「その従業員等の安全を確保する」必要がある場合のみに言及があるが、現実の紛争地においては、多 くの場合、従業員等の安全確保の問題よりも、バリューチェーン上で関わる多数の市民の生命・身体と いった人権に対するリスクの「深刻度」及び「蓋然性」が髙いことから撤退を判断すべきなのであり、例示 するのであれば、そのような一般的な状況についてまず言及するべきである。

第9 「構造的問題」への対処に関するガイダンスが誤っている(4.2.3「構造的問題への対処」んについ て)

1 本件ガイドライン案の記載  

本件ガイドライン案は、「構造的問題」を「企業による制御可能な範囲を超える社会問題等により広範に 見られる問題でありながら、企業の事業又はサプライチェーン内部における負の影響のリスクを増大させ ているもの」と定義付けた上で、「児童労働のリスクを増大させる就学難及び高い貧困率、マイノリティー 集団に対する差別等」を例示する。その上で、「企業は、社会レベルの構造的問題の解決に責任を負う わけではないが、企業による問題への取組が、人権への負の影響を防止・軽減する上で有効な場合もあ り、可能な限り、企業においても取組を進めることが期待される。」とのガイダンスを行っている。

2 国際的な基準に照らした修正  

企業の人権リスクへの取り組みにおいて執るべき措置を検討する際に基準とするべきは、企業が当該 人権問題を惹起・助長・直接関連しているかどうかという点であって、「構造的問題」かどうかを基準とす べきではない。  

たとえ、仮にある人権課題について「構造的問題」との評価が可能であったとしても、企業が惹起・助 長・直接関連する以上、企業は人権尊重義務として、当該人権課題に加担・助長しないことが求められており、「構造的問題」との評価は関係がなく、また「企業による問題への取組が、人権への負の影響を 防止・軽減する上で有効な場合」であるかどうかという点も影響を及ぼすものではない。  

なお、本件ガイドライン案が「構造的問題」として例示する「児童労働のリスクを増大させる就学難及び 高い貧困率、マイノリティー集団に対する差別等」は、企業が惹起・助長・直接関連する人権課題である 場合が多く、これらを「構造的問題」として取り上げることは企業の責任を免責する効果を生むことが懸念 される。  

そもそも、「構造的問題」は、これが企業活動によって再生産されてきたという経緯がある。例えば、日本社会におけるジェンダーギャップはまさに構造的問題とも評価しうるが、個々の企業による採用や昇進時 の取扱いがこのようなジェンダーギャップを助長してきた。ジェンダーギャップは当該企業にとっては加 担・助長しないことが求められるサプライチェーン上で生じている人権課題である。また、放送、出版等の メディア産業、インターネット関連事業、広告関連産業、そして企業の各種広告やマーケティングがジェ ンダーステレオタイプやマイノリティへの差別やハラスメントを助長し、インターネット上のヘイト表現の横 行を容認し、構造的問題を作り出した当事者である。むしろこうした企業の人権リスクを明記すべきであっ て、構造的問題との評価が可能であることをもって、企業は責任を負わない(ないし企業の責任が制限さ 6 れる)とする本件ガイドライン案の記載は抜本的に修正されるべきである。企業を誤導しかねないもので あるから修正する必要がある。

第10 説明・情報開示についてのガイダンスが著しく不十分である(4.4「説明・情報開示」について)

1 本件ガイドライン案の記載  

本件ガイドライン案は、「企業は、自身が人権を尊重する責任を果たしていることを説明することができ なければならない。企業が人権侵害の主張に直面した場合、中でも負の影響を受けるステークホルダー から懸念を表明された場合は特に、その企業が講じた措置を説明することができることは不可欠であ る。」と述べる一方で、実際に行う情報開示の内容・範囲については、「各企業が実際に行う情報開示の 内容や範囲は、それぞれの状況に応じて、各社の判断に委ねられる」と述べるに留まる。

2 国際的な基準に照らした修正  

しかし、情報開示の内容や範囲を各企業の裁量に任せるのは、人権救済の実効性確保の観点からも、 また本ガイドラインの実効性判断の観点からも誤りであり、情報開示の内容や範囲については一定の基 準を示すべきである。「各企業が実際に行う情報開示の内容や範囲は、それぞれの状況に応じて、各社 の判断に委ねられる」とあるように、企業の規模等により一定の裁量は認めざるを得ないが、特に4.4.1.1 「基本的な情報」については開示対象に含めるように要請するなど、最低限の開示基準を明記すべきで ある。

第11 被害者に対して行うべき措置に関する言及が不十分である(5.1「苦情処理メカニズム」について)

1 本件ガイドライン案の記載

本件ガイドライン案では、「5 救済(各論)」において、苦情処理メカニズムの要件等については具体的 な言及があるが、当該苦情処理メカニズムにより人権への負の影響が認められた場合について、被害者 に対して行うべき対応措置についてのガイダンスが不十分である。

2 国際的な基準に照らした修正  

企業が人権DDを行う趣旨は、人権侵害の被害者を生み出さないこと、既に被害者が発生している場 合にはその救済を行うことにある。苦情処理メカニズムが人権への負の影響を認めた場合に、被害者に 対して行うべき対応措置として、謝罪、原状回復、金銭的又は非金銭的な補償のほか、再発防止プロセ スの構築・表明、サプライヤー等に対する再発防止の要請等が挙げられているものの(26頁)、その具体 的内容として企業が執るべき措置については具体例が挙げられるのみで指針が示されていない。また、 挙げられている具体例もベストプラクティスとは言い難いものばかりであり、これらを具体例とする趣旨が 不明である。各企業による人権DDが実効的な被害救済に結びつくようにするには、これらの具体的な救 済措置に関する指針が欠如していることから、被害者に対して行うべき具体的な救済措置についての追記が必要である。

第12 本件ガイドライン案の実施について(ガイドライン全体に対して)  

本件ガイドライン案の内容は抽象的な部分が有る。企業が実際に人権尊重の取り組みを進められるよ う、各国の人権関連情報の収集の強化、企業への教育策の策定、相談窓口の設置などの実施策につい て明記すべきである。

[...]

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