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ブリーフィング

2022年5月24日

ロシアのウクライナ侵攻:企業の人権デューディリジェンスの分析

BHRRC

世界情勢:国際制裁、政府制裁と企業行動

2月24日、ロシアによるウクライナへの無謀な侵攻を受け、欧米政府を筆頭に多くの政府が金融、輸出、輸入、旅行、個人を対象とした一連の協調制裁を実施しました。一方で、アジア諸国の政府は様々な反応を示しています。アジアの金融ハブであるシンガポールは、日本、韓国、台湾のアジア3カ国に並び、ロシアを対象とした金融制裁を科すという前例のない決断を下しました。

ウクライナへの侵攻から3ヶ月が経過した現在も、ロシアは積極的な軍事攻撃を続けており、制裁の影響が懸念されます。ロシア経済にとって重要となる幅広い分野を対象とした制裁は軍事攻撃の中止と侵攻の緩和を目的としていますが、その代わりにこの制裁をきっかけに急速な対応を迫られているのは、ロシアやウクライナに進出している企業です。3月18日に発表された記事にあるように、国際的な制裁措置によって法的にも経済的にも厳しい環境に変化し、企業にとって対処が不可能になったことなど、いくつかの要因により企業は対応を余儀なくされました。2月24日以降、多くの企業がロシアへの投資中止やビジネスモデルの変更を発表しています。しかし、人権に関する義務を考慮し、労働者や地域社会への不当な被害を回避するためにリーダーシップを発揮している企業は、ごく限られているようです。

https://www.shutterstock.com/es/image-photo/downing-street-london-uk-202202-ukrainian-2135028235

Sandor Szmutko, Shutterstock

人権デューディリジェンスの強化:なぜ重要なのか

ロシアで事業を継続しようとする企業が直面するリスクは大きく、そのため、コストが低いと考えられるロシアからの早期撤退を希望する企業が増えています。しかし、ロシアやウクライナから撤退するか残留するかを問わず、企業が実施すべき人権デューディリジェンスの強化については、ほとんど注目されていませんでした。これは重要な懸念事項です。

企業に求められている国際的基準は明確に示されています。国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)で定められているように、武力紛争の状況下で、企業は強化された人権デューディリジェンスを行い、高まったリスクを特定、防止、緩和し、紛争に配慮したアプローチを行う必要があります。国際人道法を遵守する必要性に加え、重大な人権侵害の深刻なリスクや紛争を悪化させる恐れがあるため、企業は対応を取ることが求められています。

ロシアによるウクライナ侵攻のような紛争に加担しない場合でも、企業は中立的な立場ではないことを理解することが極めて重要です。

Seneline, Shutterstock

企業は、残留するにしろ撤退を選ぶにしろ、紛争の変遷に影響を与えることになります。例えば、フランスのセメント大手ラファージュは、内戦中もシリアでの事業活動を維持したとして、現在、国際犯罪への加担の罪で起訴されています。同社は、多数のジハード主義者グループから原料を購入し、1300万ユーロにのぼる支払いと引き換えに作業員と原料確保のため工場への安全なアクセスを交渉したことで告発されています。他の例として、ノルウェーのテレノール・グループが、ミャンマー進出時のデューディリジェンスで称賛を受けましたが、2021年2月のクーデター未遂事件後、急速に同国から撤退したことで激しい批判にさらされました。適切な人権保護措置なしに事業を展開していると非難されている通信複合企業のM1グループに事業を売却するという同社の決定は、非合法な軍事政権を強化する可能性があるという批判を広く受けています。

国連のビジネス・スタンダードでは、企業が紛争の影響を受ける環境で事業を行う場合は、企業が平時に継続的に行うことが期待されている人権デューディリジェンスを紛争に配慮したアプローチで補完しなければならないことが強調されています。このアプローチには、企業がその事業とサプライチェーンにおいて、紛争に関連する追加的なリスクや、特定されたリスクによって引き起こされる人権への影響を特定するのに役立つ紛争分析が含まれます。これには、紛争の根本的な原因となるものだけでなく、暴力の引き金となる可能性のある要因、さらには回避すべき人権侵害も含まれる必要があります。紛争分析には多くの方法論があり、企業はその中から選択することができますが、紛争力学は常に変化しているため、そのアプローチは継続的であるべきです。紛争に配慮した視点から人権リスクの重大性を評価し、そのリスクを軽減または排除するための明確な行動計画を策定することは、さまざまな段階での人権デューディリジェンスの実践につながります。また、従業員や地域住民といった人権に最も影響を受けるとされる人々を優先して、ステークホルダーをデューディリジェンスのプロセスに関与させることも不可欠です。

EUの企業持続可能性デューディリジェンス指令案に基づき、EUの企業は近々、事業や取引関係を通じて関与する人権や環境への負の影響について、デューディリジェンスを実施することが法的に求められるようになります。この提案には武力紛争の状況も含まれていますが、紛争については明確に言及しておらず、また、企業を含む紛争の影響を受ける状況にあるすべての関係者に既に適用されている国際人道法条約は含まれていません。ビジネスと人権リソースセンターのEUシニアリサーチャーであるJohannes Blakenbachは次のように述べています。「今回の危機は、EU委員会の立法案にはまだ実質的な強化が必要であることを示しています。例えば、この立法案は、企業の人権デューディリジェンスを補完・強化すべき紛争に配慮したアプローチについて明確な方向性を示しておらず、これは変更する必要があります。また、安全なステークホルダーの関与に関する規定の不十分さや、金融関係者のための単発的なデューディリジェンスなど、現行案の広範な格差は、リスクが急速に変化し、労働者やコミュニティからのフィードバックがより重要となる紛争下での法律の潜在的影響を制限します。」

企業回答:主な調査結果

概要

ビジネスと人権リソースセンターは、ウクライナおよび/またはロシアで活動または投資している330社に対して、武力紛争下での実施が期待されている、強化した人権デューディリジェンスについて回答を求めました。

330

強化した人権デューディリジェンスについて回答を依頼

96

回答を送付

50

一般的な声明を共有

34

全部または一部を回答

本報告書の執筆時点で、アプローチした企業の29%にあたる96社から回答がありました。50社は、暴力を非難し、懸念を表明し、ウクライナを支援するための寄付に関する情報を共有する一般的な声明を送りました。12社は回答を送付すると述べましたが、まだ送付されていません。 ロシアの侵攻に対する人権デューディリジェンスに関する質問に対して、全部または一部を回答した企業はわずか34社でした。

調査対象の企業一覧

これまでで最も回答率が高かったのは、テクノロジー業界です。テクノロジー企業20社から回答があり、一般的な声明は9社、調査事項への一部の回答は7社、すべての回答を提供したのは1社でした。残りの3社は現在回答を準備中です。石油・ガス業界からは、3社から回答があり、2社から一部の回答、6社から一般的な声明が送付されました。食品・飲料業界からは、4社から一般的な声明、2社からすべての質問事項への回答を受領しました。

回答企業の地域分布を見ると、米国に本社を置く企業が24社と最も多く、次いでドイツに本社を置く企業13社、日本に本社を置く企業9社でした。ここで含まれている回答には、全ての質問事項への回答、一部への回答、一般的な声明が含まれています。

調査質問事項に全てはまた一部の回答を提供した企業34社には、アコー、BASF、ブッキング・ホールディングス、ボッシュ、カールスバーグ、CCC、シェブロン、クリフォード・チャンス、クレディ・スイス、エンギー、エニ、エリクソン、フォータム、ハイデルベルグセメント、ヘブレット・パッカード・エンタープライズ、ヘンケル、日立、イッリカッフェ、LGエレクトロニクス、マークス&スペンサー、ミシュラン、ノバルティス、ノボノルディスク、ピレリ、ライファイゼン中央銀行、SAP、シェル、シーメンス、ツイッター、ウーバー、ユニリーバ、Uniper、Vitol そして Wintershall Deaが含まれます。

企業の回答内容

回答したほとんどの企業は、従業員の安全とウェルビーイングを最優先事項としており、これを確保するために講じた緊急措置について述べています。しかし、多くの企業は、強化した人権デューディリジェンスに関する私たちの質問に対して、関連する情報を提供しませんでした。エンジー社やフォータムなど、自社で実施している人権デューディリジェンスのプロセスに言及した企業もありましたが、ロシアの侵攻を受けて既存の人権デューディリジェンスを強化するために講じた具体的な措置には言及しませんでした。また、紛争分析に言及した企業はなかったものの、ウクライナの紛争によって高まったリスクを特定、防止、緩和するためのメカニズムを設置したと答えた企業もありました。以下のように、少数の企業の優れた実践から有益な学びがあります。

ツイッター社は、安全性・完全性ユニットと人権チームを含む、機能横断的なチームを立ち上げたと述べました。これは、潜在的な危機の最初の兆候が現れた侵攻前に行われたものです。その後、同チームはウクライナ情勢を注意深く監視しています。ツイッターによると「このチームは、紛争に関連するリスクを評価・対応し、さまざまな緩和戦略を策定しており[...]、これには、虚偽や誤解を招く情報を増幅させる試みを特定し、阻止することも含まれます[...]。」


ウーバーはその回答の中で、ウクライナ侵攻の数週間前に委員会を設立し、リスクの特定、緩和措置、さらにエスカレートする可能性がある場合の計画を立てたと述べています。同社によると、「この委員会は、少なくとも毎日、また必要に応じてより頻繁に会合を開いています。最初のステップとして、ウーバーはウクライナの従業員、ビジネスパートナー、地方および国家の政府関係者に定期的な働きかけと協議を開始し、急速に変化するウクライナの現場状況と当社のステークホルダーの優先ニーズをよりよく理解することに努めました。また、ウーバーは人道支援団体と連携し、今後の救援活動にどのように貢献できるかを確認するとともに、ユーザーのデータとプライバシーの保護をより確実にするため、サイバー脅威の監視を強化しました。[ロシアにおいて]ウーバーは、同国でライドヘイリングプラットフォームを運営するジョイントベンチャーの少数株主持分を保有しています。2022年2月28日、ウーバーは、[...]その少数株主持分の売却を加速的に進めていることを発表しました[...]。」

カールスバーグは、機能横断的な緊急対応チームを集め、最も差し迫った問題を継続的に評価し、「全体的な影響を考慮し、人々の安全を優先して、それに対する適切な行動を明確しています」と述べました。また、同社は「現場で活動する団体とエンゲージメントし、ニーズの評価について学び、人道支援、移民、紛争に関する専門知識を持つ正式な組織を通じて支援を提供」しています。


エリクソンは、エリクソンの技術が悪用される可能性を評価、防止、緩和する目的で、「センシティブ・ビジネス・フレームワーク」を通じて、人権デューディリジェンスを販売プロセスに組み込んでいます。同社によると、「センシティブ・ビジネス・フレームワークは、人権リスクの観点から販売機会を評価するものです。リスクは、センシティブビジネスのリスク手法のパラメータ(国、顧客、製品、目的)に基づき特定されます。これらのデューディリジェンスの結果、エリクソンは販売機会をどのように進めるか、特定されたリスクをどのように軽減するかを決定しています。その決定は、販売エンゲージメントを条件付きまたは条件なしで承認するか、または拒否することになります。」

同様の機能横断的なチームやタスクフォースはヘンケル、日立、ノバルティス、ノボノルディスク、ピレリ、シーメンス、Wintershall Deaの7社でも設立されています。

また、4社は、最初の回答の送付後、ウクライナ侵攻に対するさらなる行動についてのアップデートを提供しました。ヘンケルは、ロシアでの事業活動からの撤退を決定したことを説明したアップデートを提供しました。アッヴィは、ロシアからの利益をすべてウクライナの人道支援活動に寄付することを決定しました。丸紅は、ロシア関連の新規事業を行わず、既存の取引についても可能な限り中止を交渉すると述べました。SAPは、ロシアからの秩序ある撤退に向けたさらなるステップを発表し、同国の従業員への影響を責任を持って管理することに重点を置くとしました。

しかし、残りの企業は、ロシアのウクライナ侵攻に対する具体的な対応策を示すことなく、自社の人権に関する方針、ガイドライン、基準を列挙するにとどまりました。

紛争に応じた人権デューディリジェンスの欠如

人権デューディリジェンスは、企業が新たなリスクの発生を定期的に評価することを可能にする継続的なプロセスです。紛争リスクと被害に関するより包括的なデューディリジェンスを行うために、紛争発生前または発生後すぐに学際的なチームを設立することは、企業が紛争力学の変化に伴ってデューディリジェンス方針が急速に時代遅れになることを回避するのに役立ちます。ICRCによると、複雑な環境における効果的な人権デューディリジェンスは、「地域住民に対する武力行使などの影響を防ぐために、潜在的な安全上の課題を早期に特定し、それを積極的にマネジメントすることが必要」となります。ここ数ヶ月によって、同地域で活動する企業は、ウクライナ侵攻前の数年、数ヶ月の間に十分な人権デューディリジェンスを実施していなかったことが明らかになっています。

2021年12月初旬、ウクライナとの国境に戦車や武器とともに約10万人のロシア軍が集結したことは、ウクライナやロシアで活動するすべての企業が考慮すべき明らかな安全保障上のリスクでした。しかし、上述のチームやタスクフォースのほとんどは、2022年2月24日の本格的な侵攻の直前か後に設立されたものです。ロシアがウクライナを攻撃したのは今回が初めてではないことを考えると、さらに疑問が湧いてきます。ロシアが2014年にクリミア半島を併合してから、東ウクライナのルハンスクとドンテスク地方に侵攻して部分的に占領して以来、ウクライナはこの8年間、ロシアと戦争状態にあるのです。

結論

ロシアへの侵攻と制裁措置の発動に対して、企業は前例のない行動と声明発表を行いました。このような対応は歓迎すべきことです。しかし、国際人権法や人道法の下での義務を真剣に受け止めている企業は、ほんのわずかしかないように思われます。この紛争はすぐには終結しないかもしれません。

ロシアとウクライナで活動する企業とその投資機関は、戦争という不安定で危険な状況下で労働者とコミュニティのために作り出しかねないリスクを特定・軽減し、紛争の根本的な推進要因や暴力的事案の引き金に加担しないようにするため、確固たる人権デューディリジェンスを実施することが今や不可欠となっています。

このような取り組みがなければ、企業や投資機関は労働者やコミュニティの人権を侵害し、重大な法的リスクや風評被害にさらされる可能性があります。

企業やそのサプライチェーンの機能横断的な学際的チームを集めることは、企業のビジネスモデルや侵略への対応によって生じる顕著なリスクの特定の役に立ち、これらのリスクを排除または軽減して人権侵害を避けるための行動計画を作成し、その実施を監督するための重要な第一歩となります。企業は、人権デューディリジェンスに紛争分析を組み込んでいることを明示的に証明する必要がありますが、これまでのところ、これを開示している企業はありません。

企業と投資機関への提言

投資機関に対して:

  • 投資先企業が、ウクライナの人権侵害を引き起こし、助長し、または直接的に関連している可能性のある個人または団体と直接的につながっているか、および/またはそのバリューチェーンをさらしているかかを調査すること。
  • ロシアやウクライナに留まるか離れるかを問わず、ポートフォリオ内の企業が強化した人権デューディリジェンスに取り組んでいるかどうかを確認する。
  • 投資先企業がロシアやウクライナに留まるか撤退するかを決定した場合、UNGPsに定められた原則と基準に従って、その決定によって生じた負の影響を是正するよう投資先企業に働きかけること。

企業に対して:

  • ロシアやウクライナのバリューチェーンにおける事業活動の関係や投資を即座にマッピングし、それらが引き起こす、あるいは寄与する、あるいは関連する人権上のリスクや被害を特定し評価すること。
  • 企業がロシアやウクライナに留まるか撤退するかを問わず、強化した人権デューディリジェンスを実施し、紛争分析をプロセスに組み込むことを確実にし、その結果に基づいて行動すること。これには、UNGPsに定める原則と基準に従って人権侵害の防止や救済を含む。
  • ロシアのウクライナ侵攻によって高まったリスクを防止・軽減するためのデューディリジェンスの取り組みについて定期的に報告すること。

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