EV普及の影で:東南アジアのニッケルサプライチェーンにおける人権侵害と環境被害
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電気自動車(EV)のバッテリーは、カーボンニュートラル経済への移行において重要な役割を担うことになるでしょう。世界的によりクリーンなエネルギー源への移行が進む中、運輸部門の脱炭素化への大規模な投資が見込まれ、米国、欧州、中国は自動車市場におけるEVのシェア拡大を図るさまざまインセンティブをすでに導入しています。石油価格の世界的な上昇も、EV需要の高まりに引き続き拍車をかけています。
一方、これらのよりクリーンなエネルギー源への世界的な移行が進む中で、再生可能エネルギー製品に不可欠な原料に関連する特有の人権問題には注意が必要です。例えば、EVバッテリーに必須の原料の一つであるニッケルの採掘においては権利侵害が横行しています。再生可能エネルギーへの公正な移行が実現すれば、こうした問題に調査の目が向けられ、解決に近づくはずです。
残念ながら、EVバッテリーのサプライチェーンは不透明で、人権侵害を特定し、実態を把握して是正につなげることが困難なのが現状です。サプライチェーンにおける透明性が確保されない限り、バッテリーの製造業者や最終利用業者、投資家は、バリューチェーンの下流におけるそうした侵害を身近に感じることなく、関連するリスクに対処せずに済まされてしまいます。
本ブリーフィングでは、フィリピンとインドネシアにおける2つの重要なニッケルのサプライチェーンの別々の地点で発生した権利侵害を特定するとともに、EVバッテリー製造の最大手2社を含むパナソニック、テスラ、トヨタなどの企業とそうした侵害の関連について報告しています。今回の報告書では、フィリピンのRio Tuba Nickel Mining Corporation(以下Rio Tuba)およびインドネシアで事業を行う中国企業2社(Zhejiang Huayou CobaltとCNGR Advanced Materials)の事例が取り上げられています。
Rio Tubaの採掘事業は、フィリピンのパラワン島に暮らすコミュニティの健康と福祉に直接的なマイナスの影響を及ぼしてきました。これまでに採掘活動に伴う水質汚染、地域コミュニティや先住民族の「自由意思による事前の十分な情報に基づく同意(FPIC)」の欠如、食料安全保障の欠如、周辺熱帯林の破壊に関する異議申し立てが行われています。
一方、CNGR Advanced Materialsの事業に関連する各種協定は、インドネシアの中部スラウェシ州の住民の生活、健康、環境に間接的な影響を及ぼしています。漁村に住む人々は、頻繁に呼吸障害を訴え、発電所に供給される石炭による炭塵を吸い込んだことが原因だろうと考えられています。同社の事業は、森林破壊、水質汚染、海洋生物への有害な影響などさまざまな環境問題も引き起こしています。スラウェシに住む大半の人々の働き口である漁業は、石炭火力発電所の冷却排気システムにより海水の温度が極端に高くなっていることで深刻な影響を受けています。
自動車メーカーもバッテリーメーカーも、EVの需要増に伴う恩恵を受けられるでしょう。本報告書では、そのような企業に対し、国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)の規定に従って、人権を尊重する責任を確実に果たすことを求めます。具体的には、自社が扱う鉱物のサプライチェーンのマッピングおよび精査、EVバッテリーの原料である主要鉱物の採掘に関連する条件の把握だけでなく、自らの影響力を行使してサプライチェーンのあらゆる地点において確実に人権が尊重されるようにすることが求められます。また、これらのサプライチェーンに対する政府による規制の必要性も強く主張します。