ミャンマー:クーデター以降に撤退・事業停止を表明した企業への調査
2021年2月1日のクーデター未遂以来、リソースセンターは、ミャンマーの人権状況および民間セクターの対応について継続的に注視してきた。
国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)に示されているように、武力紛争状況において、企業は高まったリスクを特定、防止、軽減するために人権デューディリジェンスを強化し、重大な人権侵害の深刻なリスクから紛争に応じたアプローチを講じる必要がある。また、国際人道法の違反に加担することも避けなければならない。
リソースセンターでは、26社に調査への回答を依頼した。これらの企業は、(1)ミャンマーからの事業撤退を公言している企業、(2)クーデター未遂を受けて事業を停止している企業の2つに分類される。本調査の目的は、調査対象企業の事業撤退・停止状況を把握し、その行動が責任あるものであったか、または今後行われるかを確認することにある。
調査対象からは縫製セクターの企業が除外されている。リソースセンターは、ミャンマーの縫製労働者に関する人権・労働権侵害の疑いを追跡するトラッカーを通じて、軍事政権以降、全国の縫製労働者の労働と人権侵害を監視している。
調査対象の企業
撤退を表明した17社のうち、6社は石油・ガスセクター(シェブロン、エネオス、ペトロナス、トータルエナジーズ、トラフィグラ、ウッドサイド)、3社は技術・通信セクター(ボク、オワードゥー、テレノール)、2社は金融機関(ANZバンク、国際金融公社[IFC])、2社はコングロマリット(アダニ、三菱商事)である。残りは、キリン(食品・飲料)、エマージング・タウンズ&シティ・シンガポール(不動産)、マリー・リソーシス(鉱業)、ヴォルタリア(再生可能エネルギー)の各社である。
この中から、今のところ、キリン、アダニ、シェブロン、エネオス、IFC、三菱商事、ペトロナス、テレノール、トータルエナジーズ、トラフィグラ、ヴォルタリア、ウッドサイドのみが回答している(回答は下記リンク)。
ミャンマーでの事業停止を決めた9社のうち、2社はエネルギーセクター(EDFと関西電力[KEPCO])、2社はホテルセクター(ヒルトンと香港・上海ホテル)である。残りは、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(タバコ)、ポスコ(鉱業)、PTTOR(石油・ガス)、スキャテック(再生可能エネルギー)、スズキ(自動車)である。ブリティッシュ・アメリカン・タバコ、ヒルトン、ポスコ、スカテックのみが回答した(回答は下記リンク)。
26社のうち、日本企業は4社(キリン、エネオス、三菱商事、スズキ)である。注目すべきは、日本政府が2023年9月に「 責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」を公表したことを受け、日本企業には人権デューデリジェンスの強化が求められている。
撤退した企業の回答
キリンは、2021年にいち早くミャンマーからの撤退を公言した企業の一つである。今回の回答で、キリンはミャンマーからの撤退を完了したことを確認した。キリンが撤退を決定する上で、「ミャンマー事業からの早期撤退を可能とする方法、責任ある撤退をするために現地従業員や取引先をはじめとしたステークホルダーへの影響を最小限に抑えることの2点を 」を考慮したと述べた。キリンは、「... 現地従業員には、意思決定プロセスの中で適宜、責任ある撤退の考え方の説明を誠実に行い、...」、また「... 取引先とは適切に必要なコミュニケーションを実施 」したと述べている。撤退の検討にあたっては、「... ステークホルダーへの負の影響を最小限に抑えながら、早期に合弁解消を図ることを前提に複数のシナリオを検討した ...」と述べている。
テレノールは、ミャンマーには事業や投資が一切残存していないことを明らかにした。テレノールは「...ミャンマーに進出して以来、強化されたデューディリジェンスを実施してきた」、「...ミャンマーでの事業展開を通じて、現地と国際機関の専門知識を求め、同国の発展を絶えず監視・評価してきた。さらに、公式・非公式の関係者との協力活動を確立・参画し、特定された潜在・実際の悪影響に対処する措置を講じてきた...」と述べた。加えて、「...状況の評価と潜在的な代替案の検討に際して、社内外のあらゆる専門知識・能力を活用してきた...」と主張している。これらの判断に基づき、事業売却が顧客、従業員、広範な社会にとって最も悪影響の少ない解決策であるという結論が出された。テレノールは、テレノール・ミャンマーの売却に関連して提起された申し立てを受け、OECDノルウェー国内のコンタクト・ポイント特定事例手続に取り組んでいる。この手続きに関する詳細はこのリンクで提供している。
トラフィグラは、ミャンマーにおける航空燃料サプライチェーンの調査について、以前リソースセンターに回答を寄せている。調査報告によると、トラフィグラはプーマ・エナジーの過半数を所有している。この調査でトラフィグラは「...ミャンマーでの事業や投資は行なっていない...」こと、そして「...プーマ・エナジーはミャンマーからの完全撤退を完了した」ことを説明している。撤退に先立ち「...プーマ・エナジーが重要視したのは、ミャンマーにおける従業員の安全・安心の保護と潜在的な人権リスクの軽減の必要性である」と述べている。さらに、「...プーマ・エナジーは、影響を受ける従業員や利害関係者を対象とした独自の人権アセスメントを実施した」ことを明らかにした。
ヴォルタリアは回答の中で、2021年3月以降ミャンマーからの撤退が完全に完了したことを明らかにした。ヴォルタリアが撤退を決定した主な検討事項は、同社CEOが説明したように「...ミャンマーの政治的・人道的危機...」であった。社内外への情報発信よりも前に、撤退の過程に関して従業員に通達したことを明かしている。ヴォルタリアの説明によると、撤退による悪影響を軽減するために実施した即時および長期的な措置として、事業が現地で引き継がれるようにするために現地の買主と協力し、スタッフの大半は買主により従業員として引き取られたという。
事業停止した企業の回答
ホスピタリティ企業のヒルトンは、「...2014年からミャンマーに進出し、3つの施設を運営してきた。ヒルトン・マンダレーとヒルトン・ンガパリ・リゾート&スパは2020年春から閉鎖され、ヒルトン・ネピドーは縮小運営で営業している」 と述べた。ヒルトンは「...商業的関係を持つ相手に対して徹底したデューディリジェンスを行い、該当する貿易制裁に厳格に従って運営している 」と説明している。同社は「ミャンマー軍の団体や個人とビジネス上の関係はなく、ヒルトンからの資金が制裁対象者に送金されるような活動には従事していない」と断言している。さらに、「ミャンマーのヒルトンブランド全施設の所有構造の見直しを実施した。その中にはデューディリジェンスの見直しが含まれており、米国での制裁対象となるミャンマーの個人はヒルトンが同国で管理するホテルの所有構造に含まれていないことを確認した」 と述べている。
次のステップへ
UNGPsのもと、企業は人権デューディリジェンスの一環として、リスクや影響にどのように対処しているかについての情報を、外部のステークホルダーと共有する責任も有している。これは、リスクの高い状況においてはさらに重要である。 ミャンマーでの事業撤退や一時停止、再開の決定において、デューディリジェンス対策について実質的に共有している企業もあるが、企業はもっと多くのことを行うことができますし、行わなければならない。
日本企業にとって、強化された人権デューディリジェンスの実施は、日本のガイドラインのコンテクストにおいても重要である。ガイドラインによると、企業は紛争の影響を受けた状況において、 通常の場合以上に、慎重な責任ある判断が必要である。 また、従業員と安全上の懸念について対話を行いその結果を踏まえて対応策を講じること、危機が続く間は従業員が継続して収入を得られるようにすることなどの緩和策を講じる必要がある。
リソースセンターは、回答がない企業にフォローアップを行っており、今後も新たな企業の回答があれば、このページで紹介していく。まだ回答していない企業には、回答を奨励する。